​墨ができるまで

Until Ink Stick is made

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 墨って何?

 墨は簡単に言うと湯煎した膠と煤を混ぜて乾燥させて固めたものです。

 膠とは動物の革や腱などを煮詰めて抽出したコラーゲンをろ過して精製したもので、煮凝りのようなものです。ゼラチンと何が違うの?と思う方もいらっしゃると思いますが、ゼラチンはこれをさらに精製して不純物を限りなく取り除き純度を上げたものです。しかし純度が高くなってしまうと保湿性や保水性が低くなり墨造りにはむきません。最近は化粧品や食品に利用されるため純度を上げて精製されることが多くなり良質な膠を確保するのに苦労しているようです。また中国の墨に使われる膠は魚の皮などから抽出するので膠成分としては動物から抽出した膠より接着力が弱くなります。そのため中国の墨は膠を多く入れるので墨が硬くなってしまうようです。

 煤とは油や松ヤニを不完全燃焼させて発生する炭素の粒子のことです。油から採った煤を使用して造った墨を油煙墨、松ヤニから採った煤を使用して造った墨を松煙墨といいます。またほかの植物から煤を取ることもあります。油煙墨には大きく二種類に分類されます。麻油、菜種油や胡麻油などの植物系の油から採った煤を使用している墨と、鉱物性の油(ナフサ)から採った煤を使用している墨があります。

 煤の粒子が細かい(小さい)と墨の色は薄く出ますが伸びがよくなり、粒子が荒い(大きい)と墨の色が濃く出ますが伸びが悪くなります。また粒子の細かい煤は少量しか採れないので高価に、粒子の粗い煤は大量に採れるので安価になります。書くものによって墨を変えて、色々な表現を楽しんでください。

​  ※煤の詳しい説明は下の「墨ができるまでの工程」にあります

墨と墨液の違いは?

 墨と液体墨の決定的に違うところは防腐剤や凝固防止剤などの添加剤が入っていないか入っているかです。墨の原料は先にお話した通り、膠と煤だけです。それに対し液体墨の原料はカーボンブラックや煤と樹脂系の糊か膠を使用し、そこに防腐剤や凝固防止剤などの添加剤を加えています。この添加剤を加えることによって常に一定の色・濃さで簡単に墨液を手に入れることができます。その代わり添加剤は筆を傷めてしまうので、磨墨液用の筆と液体墨用の筆を分けて使うことをお勧めします。特に羊毛の筆は気を付けてください。「膠を使用した液体墨だから大丈夫」なんてことはありません。すべての液体墨には防腐剤・凝固防止剤などの添加剤が入っていますのでご注意ください。

また「墨液を墨で磨り合わせて使っている」というお話をよく伺いますがお勧めしません。液体墨に入っている添加剤は乾燥すると凝固して溶けません。墨に液体墨が付いてしまうと磨る面が防腐剤でコーティングされてしまい磨れなくなります。硯も同じで、硯面が液体墨でコーティングされてしまうい磨れなくなってしまいます。液体墨を使用する場合は硯ではなく墨池などをご使用することをお勧めします。

墨ができるまでの工程

採煙

 採煙の方法は植物性油煙・松煙・鉱物性油煙とそれぞれ異なります​ 

● 植物性油煙

 麻油、胡麻油や菜種油を素焼きの皿に入れ、特殊な形に編んだ燈芯をその油に浸し点火します(アルコールランプの原理と同じです)。その炎の上に蓋を置き立ち上る煤を皿の蓋に付着させ、羽ぼうきで絶えず掃き落として集めます。上質の油煙は燈芯を細くして炎を小さくします。炎を小さくすると上に置いた蓋までの距離が伸びます。煤の粒子が細かければ細かほど遠くまで飛ぶので、蓋までの距離が伸びたことでより細かい粒子の煤が蓋に付着させることができます。ただし少量ずつしか採取できないうえ、時間と手間がかかるので高価なものになります。現在は自動採煙機(別名チャンネル)でも採取しており、廉価な墨はチャンネルで採取した煤を使用します。

● 松煙

 四方と天井を障子で囲った部屋の真ん中で松脂に火を灯し部屋を密閉します。密閉された部屋の中で松脂が不完全燃焼を起こし煤が発生します。松脂が完全に燃えきったら部屋を開けて障子に付着した松煙を採取します。粒子の細かい煤から大きい煤まで同時に採取するので、一度に大量に採煙することが可能です。また粒子の大きさが一定でないので、墨にしたとき墨色に個体差が出ます。また一度に大量の煤が取れたので、一昔前までは一般的な墨といえば松煙墨をさしていましたが、現在は鉱物性油煙やカーボンブラックなどの墨に取って代わられてしまい、松煙墨の製造量はかなり減りました。そのため現在では比較的高価な墨として扱われるようになっています。

● 鉱物性油煙

 重油などから採れるナフサなどをサイロの中で不完全燃焼させてサイロの内側に煤を付着させます。下のほうに付着した煤は粒子の粗い煤で、上のほうに付着した煤は粒子の細かい煤となり、それらを上の方の煤、下の方の煤、その中間あたりの煤と分けて採煙します。

 墨の型入作業は気温が下がってくる10月頃~暖かくなってくる4月頃の早朝から午前中に作業をします。特に上質の墨は寒の入り時期(小寒~春分の日あたり)限定で作業をします。最近は気温上昇のどで作業できる期間が短くなっています

​膠の溶解

膠を湯煎しながら溶解し、それを細絹で十分にこします。この膠は製墨とは別な専門業者で製造しています。現在は良質な膠を製造している所が少なく、入手が困難になっています。

練り合わせ

煤を膠に混合することを「練り合わせ」と言います。以前は密室で炉に小さい火を点し、その上に大きな杉板を置き、煤一斤(約600グラム)を板の上にひろげてよく溶いた熱膠八両(約240グラム)を煤の中に入れてうどんをこねる要領で団子状に揉み合わせます。さらに香料を加え、力を入れ揉むと次第に光沢がでてきます。それを三個に分けて団子状にし、二つは懐中にいれて保温し、残りの一つを更によく揉みます。現在は団子状に揉み合わせるところまでは機械を使って捏ねることができるので比較的楽になりましたが、昔はかなりの重労働だったようです。香料は龍脳、麝香を主に用いていますが、大変高価な物のため多くは人工合成した龍脳、麝香等を用いています。なお、墨色の黒を強調するため紅などを入れることもあります。

型入れ

次に型に入れます。遠い昔、墨の型は鉄で作りましたが、現在は枇杷・梨の木を使用しています。大小厚薄様々ですが、板三枚の内、中の板は墨の厚さと同じくし、上下二枚の板に絵模様・文字等を彫り付けます。その型に目方を一定にした分量の良く揉んだ墨を入れ圧力をかけて型入れします。

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菜種油煙の採煙…全体的に黒くてわかりづらいですが、炎の上にお皿を置いて煤を付着させています

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自動採煙機…回転棒に炎を当てて煤を付着させて採煙します

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膠の溶解…膠を湯煎をして溶かします

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練り合わせ…煤と湯煎した膠を撹拌機で混ぜ合わせています。ある程度まとまったところで足で踏んで練り合わせ、最後に手で練り合わせていきます

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​型入れ…膠と練り合わせた煤を型に入れます。寒い時期の作業ですが鉄板は墨が固まらないようにヒーターで温められています。作業を始めると汗だくになり、かなりの重労働です

乾燥

一定時間型に入れて放置した後、型から取り出して灰の中に入れます。この灰は雑物の混ざっていない灰で、この灰を木箱(灰槽)の中に敷き、その上に柿渋で染めた和紙を敷いてその上に墨を並べて置き、更にその上に柿渋染めの和紙をかぶせて更に灰をかけて風のない所に置きます。「灰替え」と言って毎日この灰を替えます。最初は湿り気のある灰を用い、だんだん乾燥した灰を加えていきます。灰に入れて一日経ってから墨の角に残っている型のバリ(型からはみ出した縁)を小刀などで削りとります。この削りとった墨は「削り墨」として使われています。(現在は柿渋染紙ではなく新聞紙を使用しています)
 季候などによりますが、小さい墨は7~10日間この灰替えをします。大きい墨(十挺型など)は30~50日この灰替え作業をつづけます。墨は急激な乾燥は禁物ですので、気温・湿度に応じた長年の経験が必要になってきます。
​灰替えが終わると棚に移して棚乾燥をし、南松園では最低でも3年はそのまま寝かせています。

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灰乾燥…湿り気のある灰の中に墨を入れて徐々に乾燥させます

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自然乾燥…灰乾燥が終わると棚に並べたり吊るしたりして自然乾燥させます

​仕上げ

乾燥を終えた墨は製品として出荷するために磨きや彩色を施します。デザインごとに金や銀で彩色し、1丁ずつ和紙で巻いて紙箱または桐箱に入れて完成です。

 南松園の半製品はこの仕上げ作業を省くことで定価の半額でご提供しています。

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磨き作業…ハマグリの貝殻で磨くと光沢のある表面に仕上がります。右写真のようにピカピカした墨はこの磨きをしています

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彩色…文字や柄の部分に着色していきます